Diary

「もがく」という言葉がぴったりの人生だったと思います。ああでもない、こうでもない。自分はこうなのではないか、いや違う、本当はこうだ。「自分探し」という言葉は恥ずかしいけれど、まさしくその恥ずかしさがお似合いの、もがきにもがいた30年を送りました。これは現在までの人生を通して私の心にはっきりと刻まれたことなのですが…自分の好きなものや嫌いなものがわからないまま若者時代をを通過すると、真理にたどり着くのが変に遅れるようです。そしてその末路は…その時代の他人の意見だとか、上辺の流行り物に踊らされてしまい、軸がないまま迂回をしまくってしまうのです。怖いですね。しかし「痛い目」というものには、人を覚醒させる効果があるようです。もちろん100発100中で全員がハッとするわけではないけれども、内数人は目が覚めて自分の心の声に気づけるようです。心の声と言うとなんだか大層なものに聞こえますが、ただ単に「自分が好きなことと嫌いなこと」この2つのことなのです。言い換えれば、「だるい」「うざい」「気持ち悪い」「好き」「いい感じ」「楽しい」そんな簡単な言葉たちで表現できるもののこと。
でも意外と、これに気づくのが難しいのです。人によっては。ちなみに、私にはとても難しい作業でした。しかし、数年前に比べてかなりましになったように思います。つまり、私も痛い目にたくさんあいました。
さて、この日記はすっきりとした、真新しい和紙を目の前にしたような不思議な気持ちで書いています。なにかが新しく始まるような、そんな不思議な気持ちです。私は今、何かを捨てなければいけない時に来ている模様。自分らしくないものとは、おさらばする時が来たのです。

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